2013年4月23日火曜日

限界集落の暮らし

4月17日(水)、杉崎順一と庸子の2名で(社)チーム王冠のボランティア活動に参加してきました。
杉崎庸子はチーム王冠が数か月にわたってサポートしている、ワカメ養殖の支援へ。私は他のボランティア2人と石巻市雄勝町のある小さな集落へ行って、畑に鹿よけネットを張る手伝いをしました。

私が訪れた集落はもともと18軒あった家が震災後4軒に減り、そのほとんどが高齢者だけの世帯です。中には独居の方もいます(今回の支援先も独居老人宅)。好きな言い方ではありませんが「限界集落」と呼べるでしょう。
近くで海水浴もできる海岸沿いの集落ですが、内陸に向かってすぐに急峻な斜面になるロケーションで、平地と呼べる土地はほんのわずかです。ちなみに宮城県北部から岩手県にかけての海岸線はどこも似たような地形で、海に面したわずかな平地に家や学校が密集していました。3.11の津波はその生活圏をほぼ飲み込み、雄勝町の中心部でかろうじて残った家屋は最も奥にあった4~5軒だけだと聞いています。

今回の支援先のお宅もその急峻な斜面に小さな家を建て暮らしています。家の周りに畑を耕し、自分で消費する分くらいのわずかな野菜を育てていますが、野生の鹿が多く生息しているので、夜、畑を荒らされ、作物を食べられてしまい困っていました。そこでSOSを求められたチーム王冠が鹿よけネットを張る手伝いを買って出ました。
 

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畑からは太平洋が近くに見え、とてものどかな雰囲気です。たった2年前、この海が突然牙をむき、あまたの人々の生活を根こそぎ奪っていったのが信じられないような穏やかな日でした。
4日後の21日には震災後初めての市長選挙を控えていましたが、その集落には立候補者はおろか選挙カーすら来ません。コミュニティーが機能していないためか選挙公報も届いていないので、誰が立候補しているのかもわからないありさまです(幹線道路には野立てのポスター板があった)。
市街地に近く海岸線から離れた高台の住宅街は、震災後に土地を買って家を建てた移住組で盛況です。このあたりには足繁く通って顔を見せる立候補者も多かったと思いますが、本当に行政の助けが必要な人たちが暮らす土地には来ないようです。

雄勝町は鉄道がもともと無い土地で、最寄の駅は15キロほど離れた隣町の女川駅ですが、まだ石巻線が復旧していないので更に離れた渡波駅か石巻駅までいかないと電車に乗れません。しかしバスも走っていないので、車の無い高齢者はタクシーに頼らざるを得ないのですが、そのタクシーとて、2社あった雄勝のタクシー会社で震災後営業しているのは1社だけで、前の日に予約の電話しても断られることもあるそうです。

今回訪れた集落では、路線バスも商店も銀行も郵便局も診療所もない土地に、独居老人が身を寄せ合って生活していて、街へ出かけることすら時として拒まれます。しかも自宅で生活できるということで、一部の仮設住宅住まいの方に「恵まれている」とねたまれることもあると言っていました。
 石巻の中心部からは離れていますが、同じ石巻市です。しかし同じ市とは思えないくらい、市街地とは違った状況に改めて驚きました。復興の歩みに差があるのは仕方ありませんが、4軒の集落だから無視していいわけがありません。

私はこの1年で、コミュニティーのつながりを保っていくことも復興への大切なステップであることを知りました。そして、まだまだ助けを必要としている人が沢山いること、そのうちの多くは自ら助けを求めず我慢していることも知りました。
東北ほっとプロジェクトは微力ながら活動を継続していきます。自分なりの方法で構わないので、被災地の復興にあなたの力を貸してください。同じ日、初めてボランティアに参加するという女性が単身、北海道から来ていたのは嬉しい出会いでした。まだ決して遅くありません。

記事:杉崎順一

2013年4月19日金曜日

暖房器具支援 支払い報告

みなし仮設住宅にお住いの被災者を主な対象者とした暖房器具支援の為、必要な物資購入を行ったことをご報告いたします。

購入した合計台数(カッコ内は追加購入した数)
・石油ストーブ 2台(1台)
・コタツ(ヒーター含む) 16台
・コタツふとん 10セット(3セット)

今シーズンに購入した暖房器具に関する支払合計金額は205,750円です。 ▼収支報告詳細(平成25年)

購入した暖房器具はすでに支援対象の被災者に手渡されています。皆様の暖かいご協力をもって暖房器具の支援が実現できました。スタッフ一同あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました。

詳しいご報告は追って掲載する予定です。

杉崎順一(会計担当)