2013年1月6日日曜日

女川集会所修復および、漁業支援活動

2012/12/28~30の三日間、
一般社団法人チーム王冠さんの活動に参加しました。

時間の経過と共に変化していく被災地の問題。
現在の問題は瓦礫の撤去や側溝の泥だしとは違い、
非常に傍から見えにくいものであったりします。


■集会所修復作業


震災と津波により多くの家屋が全壊、半壊、流失しました。

家を失い、仮設に入る人、
親戚宅に身を寄せる人、
新しい土地へ移り住む人。

コミュニティがバラバラになってしまった地域がたくさんあります。

20m程の津波が来た女川では、ほとんどの家屋がその被害に遭いました。

そんな中、少しでも地域の方々が集まれる憩いの場所をと
昨年夏から一人の建築士さんが半壊した集会所の修復作業に着手しました。壊れた壁を剥がし、柱に新しい木材を当て、コツコツと作業を重ねました。

数ヶ月の間に多くのボランティアさんも手伝い
この年末、とうとう新しい(寄付していただいた中古品)
畳を敷くという段階に達しました。その作業をお手伝いしてきました。

修復のために柱の位置や床の寸法が若干変わり、
ピタリとはまらない畳を合う形に調整し敷き詰めます。

カットした畳
カットした部分はほつれないように養生して敷いていきます



みんなが一歩ずつ作業を進めて完成した集会所。
「ここに人が集まって笑顔でお茶でも飲めるような場所になればいいな」
建築士さんはおっしゃっていました。



畳だけでなく新しい壁が居心地よい

「震災直後は命が助かっただけでもありがたいと思った。
でも今は、手を掛けてきた畑や何もかもを失ってただ生きているだけ」

ご年配の方とお話をするとよくこんな事を言われます。

「話に来てくれる人がいるだけでも嬉しい、ありがとう」

ともよく言われます。

「生きていく」というのがどういう事なのか考えさせられます。
また人との繋がりがどれほど「生きていく」ために必要かも実感します。


自分に何ができるのか?
今も東北被災地ではそれを考えながら相手を思いやり、
復興に向けて尽力されている方々がたくさんいます。

そういう心の支えを必要としている方もまだまだたくさんいます。
物資ではなく人と人とが助け合って生きる環境をどう再建できるか。

町を築き上げるような事はできないかも知れませんが
切れた電球を交換してあげるような小さなお手伝いもあります。

自分が80歳を過ぎて歩くのも難儀になっていたら・・・
住み慣れない町のエレベータの無いマンションで暮らす事になったら・・・
運転もできず近くにスーパーも無いような所に住むことになったら・・・
周囲に知人も友人もいなくなってしまったら・・・

もっとイマジネーションを働かせて考えないといけないなと感じました。

■漁業支援

こちらはシビアなお金の話になります。

以前、ホタテの養殖の準備をお手伝いしたことがあります。
今回はワカメの養殖をされている所でしたが、漁業再開への道のりを聞くと
どちらもほぼ同じような問題に直面していました。

三陸海岸の漁師さんは家も船も道具も
全て津波に流されてしまった所が多く、
震災当初は「再開」という気力も失っていました。
それでも”海と共に生きる”という思いは強く
少しずつ再出発を目指す方が増えてきました。

「漁業再開」と明るいニュースのように報じられていますが
その現状は非常に厳しいものです。

一昨年(2011年)は船も道具なく
それを0から揃えるところからスタートしました。
浜に打ち上げられた古い道具は使えるようなら直して再利用します。

壊れた船は直すか、買い換えるかですが、
行政の支援は買い替えの時にしか補助金が出ないそうです。
買い替えには多くの手続き必要で、納期の目処も立たない状況です。

あとから補助金を申請するとしても
いずれの場合も費用をどこかから捻出せねばなりません。

道具の購入も3社から見積もりをとった上で最安値のもので
補助金を申請しなければならないという手間。
それを通常の仕事の合間でこなさなければなりません。
業者も事情を知ってか「どうせ見積もりだけ」と
対応してくれない所もあるそうです。

さらに道具を製造しているところも被災し、
全国各地の業者に電話を掛けなければならないという大変さ。
「1日2時間しか寝る時間がなかった・・・」
とホタテの漁師さんは言っていました。

ワカメの養殖の収穫は3月。
それを逃すとまた一年間、収入の見通しが立たなくなってしまうため
行政の支援を待てず、借金をして収穫に間に合うように船を直しました。
100tのワカメを冷凍するコンテナ型冷凍庫やそれを置く倉庫も
流失、全壊しているため総費用は3,000万円近くに膨らみます。

新しく立て直して倉庫


コンテナ型冷蔵庫。冷凍庫は山の高台に設置。

従業員の方々も震災前は6~7人でやっていましたが今は3人。
休みも無くフル回転で働き、昨年中の収穫→出荷へと実を結びました。



僕たちがお手伝いしたのはワカメを計って同じ重さの束にしたり、
パッケージング、箱詰めなど単純な作業ですが、
とにかく猫の手も借りたい状況で年末までに終える予定だった作業も
12/30では終わりませんでした。
ワカメを計ってパッケージに詰める作業

「それでもここまで来れたのは嬉しい。
味には自信があるし、再開を待っててくれてる人もいるから」

とワカメの漁師さんは言っていました。


ここがようやくのスタートライン。
まだまだ時間とマンパワーが必要です。
塩漬けにされたワカメ

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